2006年1月17日

自分を元気にするには?

経営者として、「やる気」を出すには?自分を元気にするには?どうしたら良いのでしょうか?以前聞いたコーチングの先生曰く「睡眠をとること」。。。確かに。
ほかに、運動をするというのもあるでしょう。私の最近のブームは「大声を出す」自動車の中でとかですけどね。特に、沢山の空気を吸い込んで”腹から声を出す”のはとても気持ちが良いです。

これは、NHKの「日本語であそぼう」の監修の明治大学 齋藤孝教授の講演でお聞きしました。先生自身「声に出して読みたい日本語」という本を出されてとても売れていますね。

さて、私は何を叫んでいるかというと、カラオケではありません。さあ、皆さんもご一緒に!

「知らざあいってきかせやしょう。 浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人(ぬすびと)の種は尽きねえ七里ヶ浜、その白波の夜働き、以前を言やあ江ノ島で、年季勤めの稚児が淵(ちごがふち)、江戸の百味講(ひゃくみ)の蒔き銭を、当てに小皿の一文字。 百が二百と賽銭のくすね銭せえだんだんに、悪事は上る上之宮。 岩本院で講中の枕捜しも度重なり、お手長講と札付きに、とうとう島を追い出され、それから若衆の美人局(つつもたせ)、ここやかしこの寺島で小耳に聞いたとっつぁんの、似ぬ声色でこゆすりかたり、名さえ由縁の弁天小僧菊之助たあ、俺のことだああああ」

<白波五人男 浜松屋の場>より

2005年10月 8日

お前には期待できない

10/7の「父親との競争」で書きましたが、私が社長になり、実績が思うように上がらず悩んでいたときに、父と2人で創業した相談役から、亡くなった父(先代)の言葉を伝えられました。
「会社は3代位のスパンで考える必要がある。自分の息子にはあまり期待していないんだ。その息子の息子(孫)に賭けているんだよ。ホップステップジャンプだよ。」

これが、私を重圧から解放するための言葉なのか?本当にそう思っていたのか?わかりません。でも、期待されていないのだから短期リリーフのつもりで全力投球をしてきました。それが丁度良かったのかもしれません。いつまで全力投球を続けなければいけないのか?わかりませんが、(本人からではなく)他人から伝えられた言葉が、私のプレッシャーを軽くさせたのは事実です。若干の闘志と共に。

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2005年10月 7日

父親との競争

今、私が幹事をしている経営者交流会で「親への想い」が話題になっています。"ある2世経営者のお父さんが病気をされ、体調を崩し、パワフルでワンマンな父親&経営者では無くなったのが悲しい"という内容です。そんな話をしているうちに、自分と、他界した父親との関係を思い出しました。

平成元年に父がくも膜下出血で倒れ、命はとり止めたものの昔のパワフルな父には戻りませんでした。
私は平成3年に決断し、銀行を退社。今の会社に入社、そしてれ以来経営を担当し、試行錯誤です。その時、私は28歳。
そして、20年来煩っているほかの病気が悪化し、父は平成7年に他界しました。57歳でした。
今思うことは、どんな状態であっても生きていてくれればと言う(子としての)想いです。

話はずれるかも知れませんが、そんな父は他界しましたが、いまでも私は競争をしています。父親が一番強かったときの、パワフルだったときのイメージとの競争です。

父はあまり趣味がない人でした。だから、私は様々な趣味が多くなりました。
父は中卒でした。だから、私は中学から私立、一様大学卒になりました。
父は学歴がないことから、一流企業へのコンプレックスがあったようです。だから、私は都市銀行に入りました。
父は仕事ひと筋、経営者としての友人はすくなくワンマンでした。だから、私は様々な交流を通じ仲間を作りたい。
父は、お前には期待できない。お前の子供に期待する。と言っていました。だから、今頑張っています。

先代が生きていても、この変化の激しい時代にて、成功が継続されるかわかりません。きっと私がタイミング良く引き継いだのかも知れません。しかし、当時の創業者としての苦労やパワーは私の計り知れないところです。そして、私はいつまで経っても父親と競争です。
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2005年9月20日

34歳、8年前の私、そして今。

ちょっと、今日は私にとって特別な日である。
何かと言うことは書かないが、すでに42歳の私は、社長業を10年近く経験した。
丁度、ファイルの整理をしていたときに、ある銀行の総合研究所が主催する経営者交流会向けの機関誌に、依頼されたコラムを思い出した。経営者として3年目、34歳の新米経営者のコメントである。内容を見直してみるとなかなか上手く入っていないことが多いと感じる。経営者として10年目、目標を再設定してみるか。。。。コラムの内容は次の通り。

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2005年9月15日

後継者の配属

経営者が子供を後継者として決定し、外部から呼んだとする。その際の、配属にはいくつかのパターンがある。問題は、その後継者を回りに認めさせるには、どこで、いわゆる「花火」をあげさせるかと言うことである。「花火」を上げることができれば、あとは常務でも専務でも。ここで言うところの「花火」とは当然「実績」「新規事業」「組織改革」等であろう。組織的に揺るがない大企業は別として、中小企業にとっては大事なことである。

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2005年9月14日

朝は早く出勤すること

昨日、とんでもなく早く出勤したので、今日は8:30に出勤した。いつもより、30分~1時間くらい遅いかな?
銀行の時は、通常7時30分に出勤し、10時まで仕事をしていたので朝の苦はない。
でも、私は2世経営者のスタートとして重要なのは「朝は早く出勤すること」と思っている。銀行を辞めて、当社に入ったときに、周りの目というか、昔からいるスタッフは、「自分たちのこと(仕事)を理解する奴かどうか?」ということ。このハードルを越えなければ、当然自分の力は発揮できないし、思ったようにも出来ない。
では、どうすれば「(いわゆる)認めてもらえるか?」である。それは、私の結論は、「銀行出身」「後継者」「2代目」などというプライドを捨てて、みんなより朝早く出勤し、遅くまで仕事をする。ということである。 (つまり、大きな会社と違い、中小企業のスタッフは、自分と同じ苦労を共有出来るか/感じてくれるのかという「尺度」あると思うのです。)
先代が元気で、助走期間が長くとれるのならば、業務の一員として修行をするという選択もあるとは思う。しかし、私の場合は時間がなかった。だから、社内で一番仕事をする(”仕事が出来る”ではない)という行動で、そのハードルを越えることにした。次第にスタッフに認められる。それから、独自カラーを出し”仕事が出来る”にシフトしても全く遅くはないと思う。